珍しく真面目な話をしてみよう(笑)ということで、禁断の果実のおはなし。
最初に断っておきますけど、僕が恋してる話じゃないし、むしろ
どっちかというと「恋したくない話」が近い話です。
ほんとはtwitterでぽろっとこぼしたくなったんですが、そこをぐっと抑え、敢えて日記で書き連ねることにしました。
僕が恋愛に関して首を突っ込むと
あまりにも偏屈すぎて、きっと「普通」とは違うのだという感覚に支配されるので、あんま人と共有したくはないのである。
いやね、TLをぼけっと眺めていると、
彼女がいるのに、海外で「夜遊び」にあけくれる男のブログが流れてきて、平然とそれを面白がっている人がいる。
別に他人が何しようが構わないし、実際ウチはウチ、他所は他所なのでそれはいいのだ。
でも、自分の中の正直な感想としては、胸が張り裂ける思いというか、
そんな男が存在すること自体が腹ただしいとも思うのだ。
恋愛とセックスはまた別物と定義付けられているのかも知れない。もしかしたら合意の下かも知れない。だから、その個々人を糾弾するつもりはないが、少なくとも僕は「嫌」である。
そもそも別の女性に「好意」を持つことそのものが裏切り行為というか、僕には信じられない話である。
僕の中で、「付き合う」というのは
「あなたが傍に居てくれると私は幸せになれる、だから私は命を賭けてでもあなたを幸せにする」という"契り"だと思っている。
まぁ、僕の中でそういった「決意」がなく、ただ「誠意」があれば良いと思っていたからかつての恋人と別れる話になったのであろうという反省から来ているのだけれども。僕が出した結論は、こういうことである。
「与えられるもの」があるのなら、同時に相手に
「与えなくてはいけない」。全てに於いて、可能な範囲で恋人の幸せや気持ちを優先する覚悟がなければ、そもそも一緒にいてくださいなどと言うのはおこがましい。人は貴様の愛玩道具ではない。
こう言うと世間一般の人は、重いとかめんどくさいとか言うのだろう。別にそれはそれで良い。少なくとも「僕がそう思っている」のであり、
「それが平和的なカップルである秘訣である」とも思っている。お互いにお互いのことを思いやれる関係、僕はそれ以外に興味がない。
皆さんがそういった恋愛に興味がないように、僕もなんとなく気分で付き合ってみて、寂しさを埋めるために付き合ってもらう、といった過程に興味がないのだ。そういうものである。
確かに、ヒトは心の隙間を埋めたがる生き物である。事実、心の隙間というのは精神にじわじわとダメージを与えていく。
その治療薬となるのが「理解者」という存在で、理解者たりえる存在で、かつそれがニアリーイコールになってくれるのが「恋人」であるから、みなはそれを求める。
普通の人は、割とそれが容易に手に入るから、いつしかその魔力に溺れていくのであると、僕は見ている。
しかし、こういったことを考えると、やはり世間一般との認識のズレを感じる。
人の話を面白がって紹介するのは良いのだが、僕はどうにも、彼女側の気持ちを考えると、苦虫を噛み潰したときのような感情にならざるをえない。
そもそも、周りの人の話を聞いていても、裏切り行為であったり、気分が乗らないからフッた、めんどくさいなどという話をあまりにも多く聞くせいか、いつしか僕はそういった話を聞く度、内心腸が煮えくり返るような気持ちになってしまう。
そう、偏屈なのは分かっているが、どうにも、僕は
問題というのはカップルとして共に協力して乗り越えていく壁ではないのかと思ってしまい、どうにも素直に飲み込めないという気持ちになってしまう。
「離れたくない理由」があるから付き合ったのではないのか、と問いたくもある。
もちろん、付き合ってみたら豹変した、みたいなパターンも多いのかも知れない。現に僕自身があまり変えようとしないというか、
そもそも人格レベルで受け付けられなければ未来なんてありやしないと思っているからかも知れない。だから、実際は責めるべきではないのも分かっている。
しかし、僕はどうして皆がへらへらとこういった話を受け入れられるか分からない。傷つきやしないのだろうか。
どうにも僕は、こういった話は苦手である。あるいは、皆は僕より「思い切り」が良いといっただけの話なのかも知れないけど。僕は恋人同士の歯車の狂いを感じても、
「恋人」とは相手のことを誠心誠意支えるものだと思っているから、気に入らなくなるとかそういった感情が湧かないのだけれど、合わないかもと思ったら離れた方が、実際は遺恨を残さずよかったりするのだろうね。
ちなみに、そんなことを思っている僕自身は、もうたぶん恋愛をすることはないんじゃないかなぁと思っている。
いやまぁ、別にEDになったとかじゃないんよ(笑)女の子はちゃんと好きだよ(笑)女子高生もかわいいとおもうし←
でも、僕が人に好かれる理由がない以上、もう僕が「その人」を好きになる理由もなくなるというか。
きっと僕にとって一番重要なのは「理解者」たりえることなのかもなぁという結論に出ていますが、僕はあまりよくない遺伝子を持ち合わせており、事実、もっと優秀な遺伝子を後世に残すべきという理屈も理解しているゆえ、大人しく現実を受け入れる方が地球のためであろうと思っておりましてね。
恋人を作る努力をすべきとか、求めないとできないみたいな
「普通」の人の理想論はよく言われるけれど、ちがうのだよそれは。
そもそもの話として
僕は「彼女」が欲しいなんて一度も言ってないのだ。ファッションとしての恋人なんて求めておらず、僕が欲しいと感じるのは「僕という存在が幸せに感じられる存在」である。そんな人のために命が使えたら良いなと。
しかし、考えてもみれば、そんな人が現れる「理由」が思い当たらない。いくら外側を何かで取り繕ったところで、結局は騙し騙しであるのだ。
普通ならば、生物学的に「人間を愛せ」とインプットされているゆえ、少し工夫すれば愛してもらえるだろう。
だがなぁ、俺は普通じゃないんだよ。
20年以上ずっと、そう言われ続けてるんだよ。自覚もさすがにある。
普通の人間は会社辞めねえしな
そんなことを考えているからか、時々「好きな人とかいないんですか?」「彼女作らないんですか?」とか、そういった類の質問に出くわすことがある。
「普通の」人には俺の気持ちなど分かりやしねえんだろうなと思いながらも僕は、
「もう"恋愛"には疲れちゃった」と答えることにしている。事実、もう興味がなくなっているし、向いていないのも分かっている。
自分の「普通じゃない部分」をなんとかすれば良いのかも知れないが、もう遺伝子レベルで劣っているのは承知している。僕の周りの人間は、どこか人を寄せ付ける要素がある。でも、僕にはそもそもそれがない。つまらない、薄い人間なのである。
その原因は全く分からない。人並みに趣味を持っているはずだし、人並みに生きているつもりではある。属するクラスタを間違えているだけかも知れないが、やはり僕自身、僕という人間と付き合いたいという気持ちが湧かない以上、もう考えるだけ無駄なのである。
そりゃあ、「理解者」はいた方がいいに決まってるけどね。でも、僕には得られるイメージが出ない以上、無理なものは無理さと結論が出たのである。