僕は夢を見たのです。自分がぎゃんぎゃん泣きわめく夢を。
そんな夢を見て、僕はどこか心地よさを感じて、でも目覚めるととても不快だった。
僕は、自分が病気になる前にと手を打ったつもりでいた。そして、確かに確実に、症状は緩和されていた。
期待さえあれば、夢さえあれば、なんとかなる。そう僕は思っていた。
しかし、現実的には何も変わっていない。ただ、タイムリミットが1年短くなっただけだ。
自分では、持てる可能性で一番良いものを選んだつもりだし、根本的な原因が分かってるから、直接的に解決させようとした。
でも、就職することは「未来」の話であって、「今のつらい気持ち」、いや「いま"日常"が存在しないこと」を解決させる理由にはならない。
でなきゃ、泣きわめきたいだなんて、思いもしないはずだからね。
でも、よくよく考えてみると、自分が本当に欲しがっているものが何か違うものなのかも知れないと感じるようになった。
僕は、明らかに寂しがってるし、寂しがることで精神を蝕まれてる。
でも、僕は孤独とはいえ、そんなに孤独ではない。話せる友人や後輩はそれなりにいるし、誘えば誰かしらは絶対に引っかかる。
それでも満たされないのは何故か。恋人なのか。いや、僕はそう考えたくはない。絶対にだ。
確かに、恋人を作ることですべて解決するのは明白だ。
ただ、皆さんはどうか知らないし、たぶん違うとは思うけど、僕は
「お付き合いする」という選択をする以上、相手に対してそれなりの責任を果たさなければならないと思っている。
僕にとって、恋愛というのは覚悟だ。あなたと添い遂げたいという、覚悟の印なのだ。
だから、こんな宙ぶらりんな状態であなたを幸せにするなどと、僕は口が裂けても言えないのだ。それ以前に、相手を幸せにできる要素が、現状僕にはないのだ。
例えば、就活だったら僕は勝算があった。だから強気に出れた。しかし、僕は顔もダメだし話もそんなに面白くない。出世してるかといえば今はただのクソニートだ。身体は今頑張って作ってるけど、まだまだだらしない。そんな男のどこに魅力を感じられるのか。魅力を感じる方がおかしいだろう。
お互いに魅力を感じられないような関係は絶対に破綻するし、僕自身相手を幸せにできていない以上、それは恋愛関係とは言えない。ただの依存だ。
それに、そもそも恋人を作ることで寂しさを紛らわすなんて非人道的なこと、僕にはできない。
僕は恋人の存在が欲しい、じゃなくて、あなたが欲しいと言いたいのだ。僕は生涯で、ただ一人の人を愛したいのだ。そんな自分の憧れを、自ら妥協して、ポリシーを曲げて、自分のために誰かを消費するなんて、僕は絶対に許せない。そんなことは、人の心を持っていればできない所業であると、僕は信じているのだ。
僕の周りでも居ますね。色んな異性の味を知りたい、と。
僕も昔はそう思っていた。でも、そう思っている時点で人でなしなのだ。例え理想が過ぎると言われようと、僕は綺麗な恋愛しかしたくないし、見たくもないのだ。
こんな自分と同じ気持ちを、誰かに味わわせるなんて、僕にはとてもできないからね。"誰か"の中では、恋愛とは綺麗なものであって欲しいしね。
・・・・・・だから、恋人を探すというのは失礼極まりないことなのだ。確かに、心の拠り所を必要としている以上、それが手っ取り早いのだが、残念ながら自身に魅力がないし、幸せにできる度量や甲斐性もない。その答えは、これから探していくものなのだ。まだまだ僕は、若いつもりだからね。
そこで、もっと別の切り口から考えてみた。僕が欲しがっていて、足りないものとは何なのか。
その答えの一つとして
「仲間」という存在だった。
この「仲間」がいないことが、僕の心を苦しめていた。だから、その「仲間」を作るため、僕は就活をして、未来を照らすことに成功した。
僕は自分ではそれなりにコミュ力があると思っている。そこに不安など何一つない。なのに、辛い気持ちが解消されないのは、やはり今どうにかしてあげなくちゃいけない部分があるからなのだろう。
でも、僕はそんなに友達や仲間と呼ばれる存在に困るほど人脈が薄いわけではない。
確かに、日常的に会う存在はいない。それでも、完全なる孤独じゃないはずだ。それなのに、なぜ同期や後輩たちのことを「仲間」だと言えないのだろうか。
ここで、今日、たったいま、気付いたのだ。
僕には「心のうちを曝け出せる相手」がいないことに。
この場合「心のうち」とは、元カノとのいざこざだ。
本当は、その事実をこぼしてみたり、自分の何がよくなかったかをこぼしてみたりしたいし、もっと言えば、彼女がどういう気持ちで僕に誕生日おめでとうって言ってきたんだろうって、そんな話もしてみたいのだ。
でも、片鱗は隠せてないかも知れないけど、それでも答えは隠さなきゃと僕は頑張ってるつもりだ。この件について知ってるのは、twitter経由で会った人ぐらいです。
逆に言えば、twitterでつながっている人に対しては、物理的な距離はあるものの、精神的な距離は実は近いのです。僕が彼女に対してどう思ってるかも隠す必要もないし、自分の恋愛観も隠す必要がない。だから、本当の意味で、素の状態で居られるので、楽しいのです。
でも、近い距離にいる人には、触れられないから、心を閉ざさなくてはいけないのだ。
そう、僕はみんなに対して、心を閉ざさなくてはいけないところがある。
きっと僕は、それがしんどいと思っているんじゃないだろうか。ほんとうは、心を開いて過ごしたいのに。
それが、僕が最近抱いている「依存できる、母親じみた存在が欲しい」という特殊性癖につながっているのではないのだろうかと。
まぁ、家族と仲が悪いってのも要因の一つなんでしょうね。僕が家族にかける言葉なんて何一つ残ってないし、家族から言われて嬉しい言葉なんてのも一つもない。
じゃぁ、オンラインでのつながりがそんなにラクなんだったら、メールでもなんでも出せばいいじゃないとなりそうですが、まぁ当然
やっぱそれは違うんですよ。
対面でのコミュニケーションが気楽で楽しいのであって、メールか何かで思いの丈をぶちまけること自体には価値があるわけないのです。「言える」のであって「言わなきゃいけない」というものでもないので。
ただ、心のなかに錠をかける必要があるのかないのかって話であって、会話自体は普通な感じで楽しみたいのです。僕が欲しいのは
「いたって普通の意味での友達」であって、それ以上でもそれ以下でもないのです。一緒にどこかにご飯食べに行ったり、あるいは映画を見に行ったり、そういうことができる「お友達」です。それがいいのです。
でも、オンラインだときっとそれを叶えるのは難しいでしょうね。やっぱり。オフ会とかしてる時はほんとに楽しいんですけど、そんなしょっちゅう付き合ってはくれるわけないですしね。所詮、僕との関係はまだまだその程度ということなのです。そりゃそうでしょう。そんなに仲良くなれてたら後輩を誘うように、僕の方から声かけちゃいますもん。(笑)
だから、現時点で、僕が何を話しても許してくれる人って、実はこの世界に存在しないのです。
僕の味方は、この地球上に、誰一人としていないのです。誰も僕を、守ってはくれない。
僕が泣いても、守ってくれないことを知っているから、僕は誰にも頼れないことを悟っているし、自分を受け入れてくれる保証がどこにあるのかも、分からなくなってしまった。
そんな仲間、あるいは味方となってくれる人こそ、きっと自分が欲している間柄なんだろうなと。
しかしそれがどこにあるのかが全く分からないし、現状思いつかない時点で、結局自分の身は自分で守るしかないのだ。
と、こんなことを考えてる時点で、僕は結局うつ病から脱せていないことを自覚せざるを得ませんでした。
僕はいま、何を楽しみにして生きているか分からない。それでも、我慢すれば光が待ってるから、とりあえず生きてる。できることはやったつもりだし。
あと僕ができることと言えば、少しでも、1日でも何か楽しい予定を入れて思い描いて、時間をつぶす・・・・・・あるいは、自分の精神をごまかすことぐらいだ。
実際、人と喋ってる時はとても楽しいし、素の自分でいられる。でも、一人になると、またこの時間がやってくるのかと憂鬱になる。
それでも、僕は人に頼れない。頼らせてくれる人が存在しないことも知ってる。
あと半年なのだ。いや、もしかすると1,2ヶ月かも知れない。アルバイトを用意してもらえれば、職場の先輩方とある程度日常的に、近しい距離で交流ができる。同期とは言えないものの、そういった日常的な関係こそ、僕が最も必要としているものだから。
がんばれ自分。がんばるのだ。
癒やしを求めてハムスターを飼うことはさすがに諦めざるを得ないが、抱きまくらでもなんでも買ってやるのだ。少しでも心を落ち着かせられる時間を作らないと。
自分は病気なのだ。頭がおかしいのだ。おかしくなってしまったのだ。もう認めざるを得ない。それでも、解決が見えてるんだから、がんばるのだ。
こんな話を日記で書くべきかどうか迷いましたが、今年度はこんな自分の闘病生活みたいなのを記してみた方がリアリティあっていいかなと思って、敢えて書くことにしました。
理解はされないでしょうが、未来の自分がこれを見て何か思い出してくれればいいなと思って、僕は書いてみることにしました。僕はがんばるから、君は幸せを掴みとっていてほしいね。そのために僕はまだ、生きながらえているんだから。