久しぶりの更新です(笑)
さすがにそろそろちゃんと勉強しないと(・∀・)ということで。今回のテーマは
「有彩色と無彩色」です。例によって初回はメソッドの説明のみですが、600字ぐらいしか書いてない俺得ゆるゆるコンテンツなので暇つぶしにでもどーぞ。(笑)
あ、久しぶりすぎてこのコンテンツの目的を知らない方もいると思うので一つ言っておくと
「学習記録」であり「講座」ではないですとだけ言っておきます。
だから「ノート」なんです(笑)
「寂しい」という感情は、たぶん一般的には如何ともし難いものだと思うのです。
人がそう感じる局面に遭遇した時、大多数は「恋人」という存在で穴埋めしようとします。
僕はそういう、浅はかな行動原理を吐き気を催すほど嫌っているのにも関わらず、自分自身も求めていないかと言えば嘘になる。嫌になってしまいますね。
恋人、あるいは恋人を"作ること"を「手段」として見ることは、僕は何よりも一番嫌いだからな。
さて、現状僕が求めているものといえば「友達」の一択です。
そのために、今まで色んなことを考えてみましたね。
しかし、最近思うのは
「この現状を捨てない限り、友達なんて永遠に出来ないんだろうな」ということです。
どういうことかというと、「友達」と「知り合い」の境界って、単純に
会う頻度だと思うんですよ。
自分が求めてるのは「知り合い」じゃなくて、もう少しフランクな交流だと思うのです。この、誰とも喋らなければ気軽に飲みに誘ったりできる相手がいないこの現状がつまらないと感じているのです。
別に、誘おうと思えば誘える相手はいくらでもいますけど、なんか違う、って思うのは単純に、もう会うことがほぼないからなんだろうなぁとも思います。
で、「この現状」ってのはつまり研究室に所属していること自体ですね。
僕は周りに流されて院に行ったことをだいぶ後悔しています。先輩達や教授たちが口をそろえて
「理系の就職口は大学院出身が9割ぐらいで、学部卒だと文系就職しかできないよ^^」みたいなことをおっしゃるので、院に行くことが当然だと思っていた。
そして、大学院のこの時間でやりたいことも、たくさんあった。
でも、今はそのやりたいことを目指すためのバイタリティの捻出がなかなか上手くできなくなっていた。だって、日常がつまらないのにどうやって朝起きたらいいのだと。(笑)
就職したらきっと友達とかできるはずだし、まぁ日常的に人間と顔をあわせることができるし、そういった意味では幸せになれるのかなぁなんてことも思ってしまいます。しかし、新卒で就活できるメリットを完全に捨てて中途採用の道を行くデメリットを考えると、我慢するのが正解なんだろうかとも思ってしまいます。
僕がやりたかったことは、この院の2年間で自分のスキルを磨くことだったのに、活力がどうしても湧いてこなくて何もする気が起きなくなる時がちょいちょいあるんですね。
自分に人脈や楽しみがあれば、きっとバイタリティを取り戻せる!と思って、twitterなり色々してきましたが、所詮「友達」には程遠い、ということを最近実感として感じつつあります。
自分も現状として「寂しい」という気持ちを抱いて毎日を過ごしています。しかし、上記のような現状を踏まえると、たぶん
「諦める」のが正解なんじゃないだろうかと思うのです。
変に期待するから現実とのギャップに苦しむことって往々にしてあるんですよね。
例えば実体験として、
「このまま女性不信が続いて一生結婚できなかったらどうしよう・・・・・・孤独で辛い・・・・・・」と思ってたのですが
「30までに恋人作れなかったら全部諦めて死ねばいいじゃんwwwwwそれまでは一応ずるずる生活してみっかwwwwww」って思ったらだいぶ気楽になった経験とかあるわけですね。まぁつまり、そもそも理想なんて抱かなければギャップに苦しむことなんてないって考え方もできるんですよね。
まぁたぶんこの話は以前にもちょいちょい出したと思うんですけどね。最初から死ぬつもりでいたら割と気持ち的にラクになることもあったりするんです。
生き続ける恐怖って実際ありますからね。
実際死ぬのかどうかは知りませんけどね。僕の心が折れたら死ぬんだろうし、何かしらの希望を掴み取れたらもうちょっと頑張るかも知れませんし、それはまだわかりません。どっちにしろ負債は払ってから考えます。
大事なのは
見えない希望と戦うことを放棄するってことだと思うのです。それで自分が精神的に救われるのなら、そういう考え方もそれはそれでアリだと思いますよ。綺麗事だけじゃ救われない気持ちって実際あると思うんですよね。
さて、ここで冒頭の話に戻ります。
そもそも、僕は「寂しいから」といって、恋人で穴埋めしようとする存在が嫌いです。人の気持ちはおもちゃじゃない。
そうやって、くっついたり離れたりを繰り返すバカみたいな存在が僕は見ていてイライラするのです。
しかし何故人はそう恋人を作ろうとしてしまうのかっていうと、たぶんこれ
他人への依存なんですよね。
自分の中にぽっかり空いたように感じる穴を、他の何かで埋めて満悦に浸ろうとする。
僕がやろうとしてることって、そういう自分の嫌いな輩と一緒のことなんですよ。
自分が寂しいから、手当たり次第他者を巻き込んで、埋めてもらおうとする。
俺はそんなクソ共と同化したくない。
ちょいちょい言ってると思うんですけど
基本的に僕はプライドがめちゃくちゃ高いんですよ(笑)
なんかよくよく考えてみると、自分が寂しさを紛らわす為に人と仲良くなりたいとか、遊び相手になってくれる人を探すとかってのは、その対象が「友達」か「恋人」かで違うだけで、やってることは
俺の忌み嫌う恋愛脳の糞スイーツ共と一緒なんですよ。
そんなもん、許せるわけないでしょ(笑)
なんで俺がそんな動物に成り下がらなきゃいけねぇんだよ(笑)(笑)腹立つわ(笑)(笑)(笑)
そう思って僕は、何も期待しないことにした。
ただ僕は
ひたすら自分を磨くことを楽しもうと。
ただ黙々と。別に誰かに受け入れてもらうとか、そんな余計なことは考えずに。
俺は負けたくない。寂しいなどと抜かして人に依存するような愚かな存在と同じステージに立ちたくない。
自分のプライドの高さは、こうやって利用しなくてはな(笑)
・・・・・・辛い時は人に頼ればいいじゃない、という人もいるかも知れません。
でも、その頼れる人がいない人にとっては、自分が強くあることしかできないのです。
最初から、誰かに甘えようとするその心が、逆に自分を苦しめることに気づいたのです。
人に助けてと手を差し伸べるも、決してその手を誰も掴んでくれず、一人で涙するのが現状です。
しかしそれは、一人で立っていられないから。
そこで、どんな手段を使ってでも、例えそれが仮初であろうと、誰かに追いすがるのが恋愛脳のスイーツ共だ。
でも、僕はそうなりたくない。負けてたまるか。俺はヤツらとは違うし、違うと思いたい。違うと言うためには、自立できてなきゃいけない。ただそれだけの話だ。僕にはプライドがある。何故俺は一人で立とうとする根性を忘れてしまったのか。理解できない。
だから、僕は自分を高めることを楽しむことにしたい。いつか、誰かが助けてくれる"かも知れない"その日まで。
その一環として、今日はジムに二ヶ月ぶりに行ってきました。
当初、ジム通いを始めたきっかけは
「いつか巡りあうステキな女性を満足させるために」という、希望に満ちた理由だったため、その希望がだんだん見えなくなっていった結果、目標を見失い意欲が湧かなくなってしまいました。
でも、今は単純に
「自身でやると決めたことをやるだけだ」という単純な行動原理で動くことにしたので、ストレスなくトレーニングに励めました。誰のためでもない、ただ自分を磨くため。
誰かに認めてもらいたいだとか、誰かに好かれたいだとか、そんな理由はもう捨てた。それを考えている限り、孤独と戦うことになるからだ。
解決方法は至ってシンプル。考えないことであったのだ。