いまアマレット回の動画を作ってるんですけど、正直
この動画は失敗したなぁって思いながら編集をしています。
動画を撮る度に、ああでもないこおでもない、みたいな試行錯誤を繰り返してるワケなんですが、この日撮った動画で意識したこととしては
とにかく自然体を意識するということでした。
つまり
「面白いことは言えないんだ」と諦めた形になります。これは別に間違ってはないと思います。
べつに世の中の売れてるyoutuberさんたち、言ってることが面白いのかどうかって言われれば
別にそうでもなかったりしますし、そこを突き詰めようとすることはそもそも難しいんじゃないかなと。むしろそれができるのであれば芸人さんになるべきですしね。
でも、当たり前ですが
「面白くなくていい」ワケじゃないというのが難しいんです。
じゃあここで考えたいのは
なぜ他のチャンネルは「面白く」て、僕の動画は「面白くない」のか?というのを考える必要がでてきます。
でまあ結論から言うと、僕たちが面白いと思ってたのって、
空気感なんじゃないかなと。
なんていえばいいんだろう、その発言は別にそこだけ切り取っても面白くはないかも知れないけど
「あ、ボケてるんだな」ってわかる感じが、空気感を演出してくれるのでは、といった感じですね。
そのボケは面白くても面白くなくてもどっちでもいいんです。面白くなかったら
何言ってんだこいつって感じのテロップでごまかすことができますし、それはそれで
スベリ芸として使うことができます。
アマレットの動画を撮ってる間はそういうことを意識せず、もはや
この動画のフォーマットはお勉強番組にしかなれない、だったら潔く開き直ろうというメンタルで撮ってたんですが、酒を飲み始めて少々ギアが上がった動画だと、ちょっと体感的に「あっこれ割といい空気感出せたな」って思うシーンがあったりしたんですよね。
その差ってなんなんだろう・・・・・・って考えた結果、
「面白くなくてもいい」「けど"ボケる姿勢"は大事だったんだ」ということに気付きましたねと。
面白さを追求していくと、マジで台本が書けなくなっていくし、メンタル的にもしんどいので諦めたというか、マジで諦めたいなあって思ってたんですが、こういう観点から動画を作っていければ、多少はラクできるんじゃないか、そう思ったりしたわけです。