2017.6.9
僕の置かれた環境が、自分に合わなかっただけ・・・・・・だったのかも知れない。
きっと僕は環境に恵まれなさすぎただけなのかも知れない。
twitterで出会った人々がすべてではない。確かに思い起こしてみれば、ありのままの自分を受け入れてくれる集団があったではないか。
僕は、受け入れて欲しすぎて、合わない人たちに合わせていたきらいがある・・・・・・
最初は、自分の強烈な個性を武器として引っ提げて、距離をぐいぐいと詰めていった。
でも、あまり人をダシに使うことに抵抗がある自分は、自虐を多用するのだが、結果として平然と刺のある言葉を皆が投げ掛けてくることが多かった。
当然、そうでない人もいるし、そういう人達と僕は仲良くやっていっているわけだが。
僕は段々、多種多様な人を受け入れられる自信がなくなってきたし、そういった人々と心から上手く付き合っていけない自分にもストレスを感じるようになった・・・・・・。
どういう話かというと、割と前々からその兆候はあったのですが
僕は人に嫌われることを過度に恐れている節があるんですね。
そして、それが何故生まれたのかというと、明らかに
望まない扱われ方をされることが多く、自らが辟易していたということです。
ずっと前から感じていた。僕はこの人たちと、心から親しくすることができないと。
僕は心を開こうとするし、開いているつもりだ。しかし、完全に開くことはできないし、ブレーキをかけている。なぜなら、傷つくことを知っているから。
クソリプを送れば、「は?」などと返ってくる。本当に鬱陶しい。
何度も、それはやめた方がいいと、老婆心で注意しようとした。
しかし、望まれない間柄の相手に指摘されることで、さらに面倒なことになることもあることを、僕は知っている。だから、僕からそう言われないように避けるようになった。
非常に生意気に接してくる人もいる。僕を一体なんだと思っているのだと思うことも多かった。
僕はそういう扱われ方をされるたびにストレスを感じていたし、いくら僕が弄りやすい性格をしているからといって、なんでもかんでも言っていいわけじゃないことなんて、普通の人なら分かるはずだし、僕もそれで苦労したことってあまりなかった。
僕だったらそんなこと言わないのになぁ・・・・・・という言葉を投げかけられることが多かった。
もしかして、僕のやり方は失敗だったのかなって思うようになった。僕は人に話しかけるのが段々と怖くなってきた。自分の個性にあまり自信が持てなくなってきた。
なんで僕は杜撰に扱われるのだ、そしてなぜ他の人は愛されるのか。その答えがわからないままでいた。
僕も愛されたい。せめて自分が楽しめる程度には扱われたい。なぜ最近は嫌な気持ちになることが多いのだ。僕はそんなにキャパが狭かったか?
でも、唐突に思ったのだ。そういえば、埼大のメンバーとは自然な感じで、いや、昔のような感じで接することができているなぁと。
彼らの前では僕は普通に、ありのままでいても「一線は越えては来ない」なと。とても心地よい関係である。それがいつまで続くかは分からないけど、少なくとも僕が感じていた違和感は感じない。
そう、僕は「自分らしさ」を捨てていた。結局どう足掻いたって、自分は自分以外になり得ないのに、その自分自身が自分を苦しめていると錯覚して、自分を殺していた。
でもそうじゃない。自分に合った環境と、そうでない環境があったということなのだ。自分を大事にしてくれる環境なんて、今までいくらでも遭遇してきたし、素直に仲良くなれる人の方が多かった。
しかし、失敗というのはこびりつくもので、それを恐れて僕は安牌しか取らなくなってしまった。そうしてさらに魅力がなくなっていく。そんな悪循環に陥っていた。
話せばおもしろいヤツとも言ってもらえるのにね。そう、そこまで僕はつまらない人間でもなかったはずだし、本来の自分はもっと違っていたはずなのに、最近はとてもおとなしくなってしまった。
もちろん、「集団の空気を読む力」ってのは大事かも知れない。ただ、その集団に属するかどうか、その集団とどのように付き合っていくか、ある程度柔軟に変えることで、僕は僕をストレスから遠ざけることができるのではないかなと思うようになった。
そう。ご縁がなかったのだ。それだけのことなのだ。
僕が自虐を多様するしか能がないせいで、人の悪い部分をあまりにも引き出しすぎる。
しかし、そんな人たちとまで仲良くやっていかなくてはいけないわけでもない。僕はそこまで器用じゃないのだと、諦めるべきだったのだ。
僕は鬱病を通じて、すべての人と仲良くなりたいと、友達を失いたくないと、そちらばかり考えるようになって、しかし現実にこのように合わない人たちもいて、理想と現実のギャップに苦しんでいた。自分がどのように振る舞えば、楽しく過ごせるのかがわからなかった。
でも、そんなこと本来は気にするべきじゃなかったのかも知れない。僕はサイコパスじゃないんだから、自らのカラーに合った、楽しい関係なんていくらでも作れるはずなのだ。もっと自分に自信を持つべきなのだ。気になった人には話しかけるべきなのだ。
嫌われる恐怖を捨ててしまえ。僕は僕なのだ。もちろん、色んな悪い癖は直すべきではあるのだが、押さえつける必要はないのだ。
理性的に、バカであれ。それで調子乗って傷つけてくる人と、僕は仲良くする必要はないのだ。
お節介をかけて矯正してあげたくもなるが、僕はそこまで器用に立ち回れないな。自分が正しいと思ったことをやるべきとも思うけどね。
他人の評価を忘れられる、そんな人間になりたいなあ。目指さないとな。がんばろ。